QLOOKアクセス解析
HOME   »  スポンサー広告  »  スポンサーサイト   »  PSN評価数カウント  »  日足35日評価数推移151028

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日足35日評価数推移151028

肩肘張らないコメント
35日完走ソフトみていて、うたわれ2は久しぶりにしびれるくらいいい評価数の動きだね。この手のジャンルのソフトに厳しいPS4でもそれを達成しているのが更に素晴らしい。話に聞いたところだと結構中途半端に終わるみたいだけど、ユーザーが満足できていれば続編へは関係ないと思うよ。例えば、有料体験版とすら言われたホワイトアルバム2とかも、またされたからこそ、続編が大絶賛されたというのは絶対にあると思うからね。悪い話ばかりじゃない。うたわれ2がそうなのかは分かりません。

GTスポーツが発表されたね。随分前にFIAとのパートナーシップという話があったけど、具体化したんだね。追記欄で結構厳しい事を書きます。ここに書くことはGT5からきちんとGTに付き合っている人にはこう言いたくなる気持ちが分かる部分もあると思う。そういう背景が無いとネガキャンにしか見えないと思うけどね。文字も白で書いておいたので、うっかり見えてしまう人はいないと思います。個人のブログなんで書かせてもらいます。本当に関心や愛着がないと、こんな長文面倒で普通書きません。

PS4
ps41510281C.png

vita
vita1510281C.png

PS435日完走
ps41510282C.png

vita35日完走
vita1510282C.png

GTは良くも悪くもリアルの自動車業界との関わりを自作の権威付けにうまく活用してきた。
しかしそれがゲームとしては今や足枷になりつつあると考えるのは私だけだろうか。
端的に言えば近年の山内氏の好みとユーザーの要望との乖離が激しいように思えるからだ。

その最たる物は山内氏のカーマニアとしての自動車業界への敬意は分かるのだけど、タダでさえ少ない車種製造力の中から趣味のような車や架空のコンセプトカー(しかも殆どの車種で内装を省略した手抜き(実車を作ったコンセプトカーですら内装が再現されていない)仕事)に力を注ぎ、その反動として、普通の人が興味のある「ベタ」なスーパーカーが明らかに手薄になっていることだ。

車種選定はカーゲームの中で一番大事な要素の一つではないだろうか。

確かにルイスハミルトンと同じように表彰されるのは夢がある。だがそれはランカーと呼ばれる異次元に速い人、しかもトップ(じゃないと残念ながら表彰されない)に近い人は現実にモータースポーツの体験がある人達が多いのはGTアカデミーを見れば明らか。夢をある程度現実として抱けるユーザーはおそらく0.0001%以下だ。
マーケティングとしてみると操作体系と難易度が経験者の求めに応じてどんどん難しくなっていた格ゲーと同じ道を歩んでいる様に感じる。

マニア優先で一般人が置き去りなのだ。

GT5はカーライフシミュレーターを名乗った。ただのレースゲームではないと。結果、アポロ計画と自称する様に取り留めの無い作品になった点は否定できないが、いくつかでその理想は実現できていた。オートスポーツから記事を購入し、トップ画面で配信、車の解説は車番組でおなじみの声優陣に依頼し音声を収録した。それをデモ運転と同時に見ることが出来た。
GT最大の目玉のニュルブルクリンクに関しては山内氏自らが模範運転を行い、イベントの教材用として使われた。170を越えるコーナーをもつニュル北コースをイベントきちんと学べるのだ。コストを掛けてGTTVをつくり、GTがクルマ文化とどう接しているかを現実の映像と共に見ることも出来た。GT5はやっている内にクルマへの理解が広がるような仕掛けがあった。

ところがGT6ではこうした要素はばっさり取り除かれた。そして、レース機能の強化を最重点とされたように思える。一方で車業界とのコラボは引き継がれたが、前述の要素がばっさり取り除かれたため、導線としては弱くなり、そのコラボがどれだけ意味があるかが理解できない人も増えたのではないだろうか。

今回のGTスポーツも同じ過ちを繰り返すことになりやしないだろうか。ただFIAのチャンピオンシップというだけで、一般人はワクワクしてくるのだろうか。
山内氏の自動車業界への敬意溢れるプレゼンに対するカンファレンスの微妙な盛り上がりを見ても不安にならざるを得ない。カーレースを遊ぶ多くの一般人が始めての自動車レースやFIA本部がパリにあったという事実に感慨を抱くわけでは断じてない。

一般人も買うゲームとしてのGTで問題になるのは敷居と難易度だ。

GT5→GT6の流れを見る限り、ユーザーからの反応を見る限りカーライフシミュレーターの路線は不評であったかもしれない。しかしGT6がうまくいったかというと必ずしもそうではない。

カーゲームの対戦でのレースは通常の対戦物と異なる難しさがある。
例えば前述の対戦格闘ならば、基本は1:1だ。下手な人間が強い人間に対戦を挑んでも一方的にボコボコにされるだけだ。

一方カーレースの場合は他者に迷惑をかけるという問題がある。例えばスタートで明らかに下手に人間が一人いるだけで最初の1コーナーが大混乱になる。
自動車レースの醍醐味のテールトゥノーズも相手の腕が確かで適切な場所でブレーキングしてくれるという信頼が前提となる。
レギュレーションによってはクラッシュで上手い人も巻き添えになりかねない。これは運転技術やモラルの低い人間にペナルティを与えても解決しない問題だ。

要するに通常のゲームよりも、実力による厳密なクラス分けが要求される。GT5で話題になったニコ生スーパーGT(ポリフォがユーザーに求める理想の一つだろう)もそれが出来ていたから成立している。

ところがポリフォは運転技術によるレーティングを管理できる技術を持っていない。GT6に至ってはそうした要素に繋がる伝統のライセンス教習が殆ど意味のないものとなってしまったぐらいだ(初期のGT5のライセンスには接触即やり直しの非常に厳しい内容もあった)。

そこでGT6ではオンにおけるレギュレーションをユーザーが細かく設定出来る様にして、そのあたりをユーザーに一任してしまうことにした。これは一つの現実的な解決策だったと思う。そしてクラブ機能も追加した。

しかしこれによって、オンラインゲームならではの面倒な人間関係が発生した面は否めないし、初見者にはその導入がうまくいかなかったのも否めない。

(GTだけでなくCSゲームでも問題になりやすい)多数のコミュティに対する導線への不徹底によって注目に値するレースやクラブが埋没して、コミュニティの不活性化に繋がった面もあると思う。その代替としてクイックマッチを導入したが、前述の問題がそのまま形になっただけだった。

GTスポーツではポリフォが直々にチャンピオンシップを開くそうだ。しかし前述の問題を解消しない限り、上手い人にとってはつまらないレースが繰り返されるだけではないだろうか。
そして下手な人間は勝てないレースを延々と繰り返す羽目となる。上手い人でも下手な人でも喜びを見出せる、チャンピオンシップなどがはたして存在できるのか。疑問に思わざるを得ない。
ただでさえポリフォのつくるレースイベントはワンパターンで退屈だ。有名な冠を頂いてもその内情は金太郎飴の様なタイムアタックだ。アーケードモードを用意したとしても、GTのAIは接待プレイか荒っぽいプレイか偏りやすく、あまり楽しいものではない。

クラス分けを行える技術力があれば、全然違っただろう。突然ポリフォが目覚めるとはGT5Pから付き合っている人間ほど疑問なのは致し方がないと思える。(もっというと、冠イベントでさえ全タイム抹消が当たり前の様におこったポリフォに年間を通じたチャンピオンシップなど開けるのかすらやや疑問が残る)

また難易度にも厄介な問題がある。GT5から延々と議論になる「スキリカ問題」だ。
スキットリカバリー(スキリカ)とは要は現実の物理現象からかけ離れたチートを行うことでコーナリングの難易度を下げることが出来る補助機能のことだ。
このような機能はシミュレーターを名乗るGTには本来あってはならない機能だ。

しかし、優れたシミュレーターが必ずしもゲームとして楽しい訳ではない。GT5Pの説明を見ると分かるが、ユーザーの9割はより易しい難易度を求めており、残りの1割はより現実に近いシミュレーター的な動作を求めている。スキリカとは幅広いユーザー層を抱えるGTにとっては必要悪というべき業の様な物だ。

このスキリカ問題へのポリフォの対応策は、また分かりやすく、ユーザーへの丸投げだった。ようするに好きなレギュレーションで遊んでくださいと。実際ゲーム内でスキリカが禁止されるのは冠レースなどごくごく限られたイベントに限られる。普通にスキリカをつけて遊んでいるユーザーはかなり多いだろう。

この対応は大人の対応だと個人的に思うが、GTスポーツのチャンピオンシップではどうするのだろうか。
過去の冠レースの対応からするとスキリカは禁止にせざるを得ないだろう。しかしそれでは9割の一般ユーザーにとっては難易度の上昇につながることになる。この影響は無視できないように思える。ポリフォが要求する難易度とユーザーが期待する難易度の違いは、GT5以前、それこそGT3時代の開発密着のニュース映像からも見ることが出来る。実に厄介な問題なのだ。

カンファレンスを見る限り、GTスポーツでは敷居の低さを山内氏は目指している様に感じたがその為には、スキリカ問題と、クラス分けの問題というGT5から達成できていない技術的な問題を解決しないといけない。もし山内氏がGT本編からレースやオンライン機能だけを切り出して単純化したことを敷居の低さと認識したとするととんだ凡ゲーになりかねない。ポリフォならその辺も考えているし解決できると考えるか、どうせGT7Pには出来ないから、GT7までのレース部分だけ切り出した時間稼ぎでチャンピオンシップなんて方便だろとどう思うかはあなた次第だ。

グラフィック面についてはプレイアブル映像で無いと分からない。これは他社のレースゲームのPVでも同様なので、レースゲームではよくある話だ。
レース部分の映像を見る限り、ポリフォらしいフォトリアルな方向だろう。現行機に比べると性能で劣るPS3のGT6でもフォトリアルな絵の見せ方についてはポリフォは実に上手くやっていた。期待したいところだ。

GTスポーツがGT7までの時間稼ぎなのか、GT5以来の問題を解決した革新的なゲームなのか、GTスポーツのアプデを繰り返して、GT7を名乗るつもりなのかが判明するのはそう遠くない(延期がなければ)。1ユーザーとしては楽しみに続報を待ちたい所だ。

ポリフォはAAA級タイトルを作成する制作会社としては社員数が足りていない。しかも外注を極度に嫌う。よって、初めから完成度の高いゲームを提供することがHD化とオンライン機能が必須となったPS3以降一度たりとも出来ていない。それは会社の方針だから仕方ないかもしれない。実際付き合いの長いユーザーほどある意味飼い慣らされていて、そういうものだと思われている。しかし一般ユーザーは別だ。特に現状のPS4のゲーム販売の動きを見る限り、初見ユーザーも多数買うだろう。彼らはポリフォ式開発などを考慮に入れず、初期段階の完成度でゲームを遠慮なく評価するだろう。それはポリフォにとっては実に厳しい事だ。

結果としてかなり長期間となる継続開発が必須となるので、本来ならば、パッケージで売るよりもオンライン専用ゲームで課金などの方が向いているのは否めない。GTスポーツは骨格部分のチャンピオンシップや対戦機能が強化できれば、そうした方向性に踏み出すチャンスにもなりうる。もちろんパッケージ販売がなくなるなどはありえないが、この作品の成否は長期的にはポリフォの将来性に大きな影響をもたらす事になるかもしれない。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。