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DQ11発表の感想

ついにDQ11が発表された。
個人的な感想を書いておこう。
今回の判断は経営的にもユーザー的にもDQ30周年記念作品としても完璧な物だった。
スクエニ経営陣、堀井氏に最大限の敬意と賞賛をしたい。

なぜここまで激賞するか。それは現状のCSゲーム機においての最大の悩みであるボリュームの確保と拡散するユーザー層の中でベストな回答を探すという
困難なミッションを完璧に達成したからだ。

確かにPS3/vita/WiiU(XBOXは既に絶滅危惧種なのでPSPと同じ扱いでいいだろう)ユーザーは残念だったかもしれない。
だが、PS3の急激なシュリンクは既に明らかだ。現時点においてもすでにPS4がソフト販売本数で上回っているし、2016年末では大差となっているだろう。WiiUやvitaはそこまで酷くないが、そうすると今度は縦マルチによるクオリティの制約が出来てしまう。
そうなれば、今度は既に移行しつつあるPS4のコアゲーマーとPS3/vita/WiiUでの諍いが起こっていただろう。そしてPS4ユーザーはPS3/vita/WiiU切捨てによるクオリティアップの恩恵を受けることが出来る。

特に海外ではPS4世代機のみが当たり前になりつつあり、当然クオリティも大幅に底上げされている。そんな中でvitaとWiiUをラインアップにくわえるのは海外市場の開拓という意味で大きな失点となる。海外市場、特にアジア市場がある程度、日本市場を補完できる規模に成長しつつあるのは100万本達成を謳ったDQHを見ても明らかだ。
少なくても縮小が続く日本市場の減少分を埋めるくらいの意味は充分にある。
すでに日本のPS4市場ですらそうなりつつあるが、和ゲーだからという理由で極端にグラフィックやゲームのクオリティが劣るゲームは選択してくれず、圧倒的な物量を誇る洋ゲーとの競争は確実に存在する。グラフィック競争でついていくのは難しいかもしれないが明らかに1世代以上前のハードスペックをベースに仕様を決定してしまうのでは、あまりにも厳しすぎる。経営的な立場から見ればこの切捨ては合理的な理由はある。

過去の記事で何度か婉曲に書いてきたが、個人的に2016年度末発売としてPS4/PS3マルチでは300万本の販売を達成するのは無理だと思っていた(200万本ですら容易でないだろう)
PS3のシュリンクがハッキリしている今ではなお更だ。となればPSハードを選択するとすればベースのクオリティを落とした上でvita/WiiUマルチもありえた状態だ。
それだけに、同じシナリオで事実上異なるゲームを2本作る、というスクエニの荒技は、販売目標300万本というノルマと、コアゲーマー(海外ゲーマー含む)が要求するクオリティの確保という意味で二重の恩恵をもたらしている。

量を確保する為に選ばれた3DS版も面白い。2画面を生かして3Dと2Dで両方楽しめるようにしたのだ。これも先日スクエニ関連の記事で書いたが、ファミコンが登場して30年以上が過ぎている。すでに人生の中でどの時代のゲームが一番印象的であるか、という点では3-4世代の広がりがある。PS4を買っていて、かつファミコンを触ったことがない人は理解できないと思うが、2D時代の、今から見たら糞グラ以下で800円でも買わないゲームが青春そのものであるというユーザーは確実に存在する。その世代はPS4を買って、グラフィックの向上を喜んでいる層もいるが、そこまでの興味が無く、と言ってゲーム自体は興味を捨てきれずPS4を買っていない人もいるだろう。

そういう人へも訴えかけると言う意味では、2D対応は話題になるだろうし、ノスタルジーに刺激される人も出るだろう。30年間AAA級のIPであり続けた、DQだからこそその意味が増幅する。

NX対応も明らかにされた。この意味も大きい。NX対応についてはおそらく具体的にはなにも決まっていないだろう。任天堂の対サードサポート能力とNXの発売時期から考えて、現時点で実務が行えるほど開発環境が整っているとは到底思えないからだ。
だが、ゲーム業界にとって長年勝ち馬に乗る、という行為を是としてきたドラクエが、普及台数に捉われず、経営的に合理性があればマルチも辞さないとした姿勢を明快に示した意味は大きい。状況が揃えば普及台数0台のハードだって、あのDQが対象になるのだ。

確かにDQがマルチになってもゲハ、いや、ゲハ以外の闘争心に満ちたゲーマーによる争いはなくならない。だが、世界市場では独占話はとっくの昔に過去の話となっている。すくなくても主題では絶対にない。
ハード間での独占非独占で自尊心を満たすような不毛な言い争いが起こり、それがゲーム界隈で話題になり続けることは、ユーザーの階層と嗜好が数世代にわたって複雑化し、かつ市場縮小が進む日本のCSゲーム業界においてもはや害悪でしかない。

そしてこれは任天堂へのある種の警告ともいえる(主語はスクエニではない)。いい加減マルチを容易とするアーキテクチャーにしなさい、開発サポートをしなさいと。
任天堂だけでもある程度のソフトが売れるのは事実だ。だがそれだけでは駄目というのは今世代機でよく分かったはずだ。
トップエンドを引き抜いた所で、その市場を根こそぎ奪うことは出来ないし、ユーザーの不信と業界全体では活力が低下する一方で、引き抜くような次世代のIPが育たなくなる。金の卵は巨視的な視点なくしてはもはや育たない。妖怪ウォッチだけでは日本市場全体はおろか、任天堂市場すらも対前年比を支えられないのだ。

今回のDQのNX対応が個別対応なのか、和サードが容易にマルチがしやすくなったことへの証左なのかは、間違いなく次世代の和サードの未来を左右するだろう。

確かにPSハードでの出ているIPの任天堂ハードでの成績は芳しくないものも多いが、いまやその数字ですら、下支えとして必要と思えるほど厳しい状況だと個人的には感じている。
ただし、それはローコストでマルチに出来れば、という大前提が必要だ。その前提が成立するかは任天堂次第だ。SCEはかつてPS3でまず海外で必要に迫られそれを行った。必要だったから。そしてPS4の成功はその延長線上にある。


今回の一件は2016年の日本CSゲーム業界で目標300万本がどれだけに難しいことであるかを如実に示した。ここまでやらないと駄目なのだと。
しかしAAA級IPなら手段を選ばなければここまでできると言うことも同時に示された。一度数を落とせば、元に戻すのはどれだけ困難かはFF13三部作を見れば明らかだろう。
常識に捉われない柔軟な判断をしたことへ激賞したいのだ。

同じものをベースにソフトを2本作ることがAAA級タイトルならできる、というのならば、なぜWD時代のスクエニが出来なかったのだろう。MHでは出来なかったのだろう。今回の一件ではっきりしただろう。その原因は宗教だと。宗教でないならそれに匹敵する利益を提供されたとしか普通は思えない。その利益を提供したのはどの会社なのかと。金はどこからと湧いて出てくるものではない。
過去の話はゲーム業界が現在進行形で生きている以上、追求しても意味が無い。だが、ここまでボリュームが減った今のCSゲーム業界でそれを行い続けるのはもはや、業界全体への背信行為だ。内ゲバの果てに衰退していく、しかも皮肉なことにプラグマティックな施策で伸びている海外を眺めながら、など和ゲー好きであれば誰一人としてみたくないはずだ。

最後に、懸念として捨てきれない、複雑を極めたプロジェクト管理が破綻しないこと、肝心なゲームの出来が大数観察的な意味で期待を下回らないことを祈りたい。そしてスクエニ経営陣、堀井氏、開発担当の方々がこの野心的なプロジェクトを完遂して成功することを節に祈りたいと思う。



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